品質本位

友人のブログを見ていて、思う事があったのでちょっと書きます。
先日、10年間愛用していたミシンが壊れたらしい。
それが、一生物にと吟味に吟味し、質実剛健さを重視して(刺繍機能などのハイテク機能無しなのに)10数万もした物だという。
そこでメーカーに修理の問合せをした所、「その商品は廃版なので、もう部品がございません」だそうな・・・
う~ん、、最近の家具、家電は壊れるのが前提と言うのは周知の事実で、実際その方が経済も回るのだろう。「豊かな暮らし」と言う名の元に・・・・・でもね・・・・
この辺を話しだすと長くなりそうですが、今回は日記寄りなのでここまでにしておきます。

これは私が小学生の頃から使っている椅子です。
デンマークの【フリッツ・ハンセン社】の「KEVIチェア」という物です。
1958年発売依頼250万脚売れてるベストセラーだそうです。
オフィスチェアの常識「ツインキャスター」を初めて採用したヤツだったと思います。
近年あまりに使い道が無く、事もあろうに作業椅子に使ってますが、一生使うので許して下さい。

これは中学生の頃から使っている。芝浦製作所(現在の東芝)の扇風機です。
大正後期から昭和にかけて作られた物ですが、今だ現役です。

S.E.W(Shibaura Enginnering Works)のエンブレム。
ちなみに芝浦製作所の創始者は「万年時計」でおなじみの田中久重です。

切り替えスイッチもカッコ良いです。
ちなみに今のと違って4が弱く、1にすると一番強くなります。
今の扇風機には無いけど、首振りのクランクのネジ位置を変えると、首振りの作動角が変えれます。

去年から羽の回転力が落ちて来ていたので、「そろそろモーターが弱ってきたかなぁ」と思ったのですが・・・
古い機械や家電に必ずありますこのポッチ。

ココに油をさせばアッサリ復活しました。
この注油用のピストル型オイラーも昔から作られてるけど、形を変えず未だに現行で売られています。昔は一家に一つは必ずあったんでしょうね~。
「古い物は永く使える」と言いますが、人間の物に対する労りが加わってこそだと思います。

配線の処理も面白い。
今のならネジって丸めてあるだけのとかもあるが、これは一度ネジってから輪っかを作りハンダを流してある。
こんな事を1個1個工場でやってたんやなぁ。
こんな所に日本人を感じてしまう私であります。
良い物はバラす事によって、その良さが更に解るんですよね。

これは特に古い物ではないけど、自宅で使ってる掃除機。
ドイツのミーレ(Miele)の物で、「20年使える掃除機」というのがウリなやつ。主要部品は各モデル共通で使えたり、新しいモデルの物を古いモデルのに使ってアップデート出来たり。というのが気に入っている。
部品も自社製で作っているので、子会社が潰れて・・・てな事もならないみたいです。
MADE in JAPANでこういうのがあればいいんだけどなぁ・・・
現代社会で暮らすには身の回りの物をこのような品質本位なもので固めるのはナカナカ難しいですが、一つでも二つでも持っていると嬉しくなるのは私だけでしょうか?

てな訳で、またまた脱線気味なブログになりましたが、今日も古い機械や道具を使ったりして・・・

時代に逆行しながら品質本位な、皆様にとっての一生物になる物を作るべく頑張らねばと思った。
という話でした。

温度差

前回の記事では測定時の温度差について書きましたが、普通の人にはそんな事よりももっと関係のある温度差について、つらつらと独り言を書かせて頂きます。
日々、色々な事を突き詰めて、飯を食べてる間も寝ている間も、エンジンの事や、カスタムの事を考え過ぎな私です。
数多く悩み、考え、解決していくうちに一般的な考えからどんどんかけ離れていく温度差を感じる今日この頃であります。
今回の震災や原発問題でも、イメージ力が豊かな人、人情が厚い人、心が強くなくあまり考えたがらない人、その他さまざまな考えの方がおられますが、どの考えが正しいとも、間違っているとも言えないのはずなのですが、温度差を感じる事が多くなった気がします。
バイク屋としてのあり方として関係の無い所で温度差が生まれるのもどうかと思い、あまり明言して来ませんでしたが、反核署名をしている事もあり、はっきり言って(私個人は)原発は反対です。
この1年間、色んな事を調べまくりましたが、調べれば調べるほどそれは確かな物へと変わりました。
※これから書く事はあくまでも私見です。私がここで何を言おうが変わらないかも知れませんが、色々知って変えていこうという気持ちがなければ、何も変わらないどころか、あなたの老後、次の世代とどんどん、じりじり悪くなっていってしまうと思うので、言いたい事を言いたい放題言わせて貰います。
エネルギー問題については、オーランチオキトリウムやメタンハイドレードなどの新エネルギーもあるし、地熱はもちろん、風力でもデメリットを克服した新しいタイプのもあるし、コンバインドサイクル発電もあるし、なんなとある。
雇用についても、原発止めても管理し続けないといけないので雇用はあるし、いくらかは失業者は出るだろうけど、どんな業種でも何かあれば倒産したり、リストラされたりは当たり前で、あんな事故起こして死者や病気になる人がどんどん増えるのに、クビになる人が増えてかわいそうとか、電気代ちょっと上がるぐらいでゴタゴタ言うのはどうなんでしょう?
日本なんて食料自給率40%なんだから、なんか仕事あるやろ?とかも思うし。
農業、漁業の人は確かに可哀想だと思う。全てはちゃんと保障を出さない政府、自分たちの事しか考えてない大金持ち(企業)が悪いだけです。(食べて応援や、ガレキを全国にバラマキは後に増えるであろう癌や心臓病を全国的にして、事故との関連性を切り離したいとしか思えない)
※高い輸送費をかけて、九州や沖縄まで汚染ガレキを運ぶ必要はどこにあるのか?
大体、地震もあるけど、原発内に北のスパイでも入れたら事故起こせるし、中国みたいに国家レベルのハッカー集団にコンピューターやられたら・・・ミサイル打ち込むよりも地味にやられるしね。
今、止めても意味無いかも知れんが、遅いよりは早い方が良いと思う。

雇用が、経済が、と言う方も居られるでしょうが、私考えですがその考えは一部の大金持ちが言っている幻想に過ぎないと、(色々と経済関連の事を調べた上で)考えます。
GDPが高水準である事など、一人一人の生活や幸福度には直結しておらず、大企業と政治が手を組んで独り勝ちするだけなのです。
彼らの嘘で、全ては都合の良い様に世の中周っております。
大体、GDPトップのアメリカが石油利権などの為に戦争で人を殺しまくり、中国なんかは小学生くらいの子供が、一人何百円で買われて奴隷として強制労働させられている地域などもある。
そんな国に次いで日本はGDP世界3位なんですよ。それだけでも十分なのですがね。
日本は、外国からの借金(300兆円)より、貸してるお金(550兆円)の方がはるかに多く、その差額は世界1位なんですよ。借金大国???どこが!?
※ソースを下に貼っておきます
日本ってホントに凄い国だと思うし、世界にとっては脅威な存在。だから戦後にマッカーサー率いるGHQによる愚民化政策を行い、占領は終わったとされるがそれがずっと続いてる。
日本人は大学まで行けば3000時間英語を学習するけど、学校の勉強だけでペラペラにしゃべれる人は本当に少ない。効率良く英語を勉強させる方法などとっくに確立されてるにもかかわらずだ。
脳科学だって凄く進んでいて、どうすればみんな頭が良くなるかなんてとっくに解っている。
貴方がもし、世界や国を動かせる程の大金持ちだったらどうだろう?有能で頭の良い人間ばかりが居るか、(常識ぶった)バカで大体世界を埋め尽くすか、どっちを選ぶ?
今の体制じゃ大金持ちと、どんどんじわじわ貧乏になる一般国民の二極化は進むばかり。彼らは、チェ・ゲバラのような革命家を恐れ、政治に関心の無い人間を多く作り、セレブブームを作って「セレブ=憧れ」みたいな図式を作ったりして自分たちの立場を物にしている。
GDPのランクがそんなに凄いなら、国連加盟国193カ国中1位のアメリカの10人に1人が失業してるってオカシイよね?
自己破産の半分が医療費が高過ぎて払えなくて自己破産してるってオカシイよね?
じゃあ、50位の国は?それ以下の国は?みんな飢えに苦しんでるの?
企業が栄えるばかりで国民の生活や社会保障には結びついていない現実。
ニュースでは、日本の借金が958兆円とかほざいておりますが、増税などのネタに使っているだけで、日本は世界で見ればトップレベルのお金持ちの国なのです。
やたらギリシャとかと比べるけど、ギリシャは(自国通貨でない)ユーロを借りてるけど、日本は政府が国民に円(自国通貨)を借りてるだけですからね。
もちろん、これからの政治家にシッカリやって貰わないといけないのですが、将来にそこまで不安になる必要はないのです。
湾岸戦争の時だって、アメリカから130億ドル(約1兆4000億円)カツ上げされて、直ぐに戦争終わって結局「ポッケナイナイ」されて、毎年、思いやり予算との名目で2000億ぐらい基地の為に支払いってるんですよ(実際倍以上。)みんなの税金で。
でも、国民一人一人が政治に関心を持ち、正しい目を持たないと、彼らはやりたい放題です。無関心でいるとじわじわと首を絞められますよ。
サブプライムローンの影響でガソリンも1.5倍くらいになってるし、私たちの関係なさそうな話にじわじわ首をしめられてるんですよ。
どんどん、話がそれて来た・・・・・・・・温度差の話はどこにいったんや・・・・また温度差が広がったやうな・・・
私はこの動画を見てすごく希望が湧きました

復興と成長だそうです

ヒートアップして初めに書こうとしていた内容と全く違う物になってしまいました↓↓
言いたい事をだいぶ吐きだせたし、次回からはしばらくバイクの事を書きます。スンマセン。

プロフェッショナブル

professional.jpg
プロフェッショナルとは何か、と言う事について以前から書こうと思っていたテーマなのですが、明確な事も言えないし、何より自分自身がそれに足り得るかと思うとなかなか書けずじまいでして、でも「書きかけ」
として今回は書かせてもらおうかと思う次第であります。
2~3年前の私はプロ根性と言うのを履き違えていたのかは知りませんが、とにかく労働時間が長ければ長い程いいと思っていて、最長、60時間連続で作業して全身がシビレてきてだいぶヤバイ感じになったり、呼吸が困難になってどうやって息をすればいいか解らなくなったりして、ちょいちょい「死」と言う物を身近に感じる事がありました。
そんなある日も深夜、寝ようとしたら息が出来なくなって、少しして落ち着いた頃になんとか自力で運転して病院へ行きました。
インターホンを押して出て来たおばさんの看護婦は頬杖をついたまま無言で、ものすごくダルそうにドアを開けてそのまま去って行きました。
しばらくして戻って来ると受付の紙をもって来て、私に問いました。
看「なんで此処に来たんですか?」
私「息ができなくなって…訳です」
看「以前○○病院で受けられたんですよね?じゃあなぜウチに来たんですか?」
私「いや、電話したらここで診てもらえると確認出来たので、あと近いからです」
看「前に○○病院で診てもらったんなら、そっちで診てもらえばいいんじゃないですか?」
と、こんな会話が続き、今度は医者に診てもらう時が来た。
医「今日はなぜ来られました?」
私「息苦しくなって、恐怖を感じ来ました。以前診てもらった時は点滴してもらったらすごく楽になったので、今日もして貰えたらと思い来ました」
医「今はしんどくないんですか?」
私「ピーク時は死にそうでしたが、今はその時よりは幾分マシです」
医「じゃあ、大丈夫ですね」
私「いや、でもまだしんどいので、点滴して貰えませんか?あと、なんでこうなるかも知りたいんですけど?」
医「今は、しんどくないんですよね?」
私「いや、まあピーク時よりは」
医「じゃあもう大丈夫ですよ」
・・・・・・・・・
これはラチがあかないと思い、病院を後にした。
体力と睡眠時間とお金を無駄に使い、おまけに腹も立つしやるせない気持ちでいっぱいでした。
長いくだりになってしまって申し訳ないが、本来のその仕事のもつ目的を忘れているプロが多い気がする。
プロフェッショナルって何なのだろう?
シンプルに考えてみた。
・己の分野での技術や、知識を常にとことんまで追求して行く者
・目標を掲げ、それを必ず達成する者
・信念を持ち、いかなる時もそれを捨てない者
・相手の期待以上の結果を出す事、つまり満足させる事が出来る者
・他の者への優しさを持つ者
とくにメモも取らず思いつきで書いているので、まだあると思うけど、これらに付いて書いていきます。
プロフェッショナルと呼ばれるからには、その道を極める為に日々勉強し、実践していかなければいけないのだが、それだけでは何か欠如していると思う。
例えばこの業界なら、エンジンをとことん追求してレースに出て優勝する。
うん、それはとても素晴らしい事だと素直に思う。
(プライベーターでもそれは可能)
でも、そこで終わってしまったらプロフェッショナルという者とはと違ってくる。大事なのはその人一倍の知識や技術を使って、お客さんを満足させる事じゃないかと思う。
せっかくの技術や、知識を使わずに適当な仕事をしてお客さんを泣かせてたり、予算や時間の制約があるのは仕方ないが、最低限以下の仕事を何の説明も無しにするなどはもっての他です。
どうしてこんな事を書くかと言うと、当店はカスタムショップのイメージを持たれている方も多いかと思いますが、ヨソから持ち込まれた残念な修理をする事が日々の仕事でとても多いからです。
私はまともな社会人ではないのでよく解らないのですが、最近では何でもデータ化されて経営の基盤になっている企業も多くあるみたいです。
コンビニなども天気のデータまで持ち出して、どの商品が売れるかをハジキ出すようです。
しかし、なんか保守的と言うか、マイノリティーを切り捨てている感じで、無難なんだけど面白みが無い商品が多い様にも思う。つまり満足出来ない。
話がそれて来ましたが、例えば飲食店。
派手な電飾の看板、金のかかった内装、無難なメニュー。
そんな物で競争している人達が勝ってしまっている世の中。
もっと、みんなが本質を追究して、小さな看板一つで勝負していたら、もっと素敵な事になるだろうにと思う。
工業製品も、「MADE IN JAPAN」というプロフェッショナル魂を一番大事にすればいいのに、いつの間にか誰かがズルをしてそれを誰かがマネして、どんどん周りも「やってらんねぇ」ってなってきてしまい。
本質を忘れ、その枠の中でやれデータだ、やれ効率だと言って、技術は進歩すれど何かが廃っていっている。
もはや”プロフェッショナル”よりプロぶっているの”プロフェッショナぶる”な人の方が圧倒的に多い気がする。
でもね、どんな小さな仕事でもプロ意識をみんなが持ってやればもっと良くなると思いませんか?

映画は3Dはまだ見た事ありません、CGに切り替わった瞬間に冷めてしまう私です。
ジャッキーは足先や指先のラインにまでこだわりながらも、エンターテイメントを忘れない。
時計台からの落下は落ち方が気に入らなくて3回やったりと、どんなに激しいアクションをしても、刀や銃で血を流す(残酷な)のは違うと言う。
彼は、この震災の後、自分の総資産、約260億円を全て生涯の内にボランティアで使いきると発表した。
こっちの方が曲がシュールでええなぁ
http://youtu.be/0MxTkGutaS0

常識

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この写真は知っている方も多いと思いますが、1962年に1920年式のインディアンを遥か遠いアメリカのソルト・フラットに持ち込み、世界記録を樹立したバート・マンロー。その人です。
1920年のスカウトなんてせいぜい80km/hぐらいしか出ないバイクです。少し大げさかも知れませんが、スーパーカブの90の方が速いかも、てなぐらいです。工業製品は太平洋戦争後に大きく進化したので、1960年代に1920年のバイクで世界記録狙うなんて、当時でも常識知らずにも程があるといった具合だったでしょう。
そのバイクをピストンやシリンダーを自作してヘッドもOHVに改造して288km/hの世界記録を作った。しかも63歳のじいさんが。
1967年に出した記録は未だに破られていないという。
例えば、世界のスーパーエンジニアが結集して現代の技術にあやかって、もっと高年式のインディアンでマシンを作ればこの記録は破れるかも知れない。
でも、それは勝利や偉大な記録と呼べるのだろうか?
常識が確立された現代では、今にも先にもにこんな偉大なエンジニアは現れないと私は思っております。
バート・マンローに関しては有名過ぎるので、ここらへんにしておきますが、もし知らない人がいれば映画「世界最速のインディアン」を見て下さい。
さて、今回のお題の「常識」ですが、最もまともな事でもありながら、まったく逆方向の性格ももっている者だと思うのであります。
常識というやつは小さな子供にも通用しない事が多々あります。
たとえば子供の書く絵。顔から手や足が生えていたり、普通じゃ考えられない色使いで描いてきます。
でも彼らの目に映った物を感性のみで描くとああいった絵になるのです。そこには大人の考える常識など全く存在しないピュアな世界があるのです。
持論ですが、彼らは親や他の人間から言語や未知の情報をどんどん吸収する時期なので、しっかり顔を見てコミュニケーションをとる事が多いので、顔というものの印象がより強くあるのでそこから手足が生えてる様な絵を書いたりするのではないでしょうか?
色遣いが違ったり、構図がおかしいからといって、それを大人の常識で軌道修正するのは、正しい事ではないのかも知れません。
現実に目に映っている四角い物も、魚の目で見れば四角じゃないし、人間の目のレンズのカーブがもし違っていたならば全ての物が全く違う風に見えたのだろうとか、舌の神経が違えばこの世の中の物なんて不味くて食えないかも知れない。などと妄想している今日この頃なのです。
さて、我々大人になった人間ですが、皆様も自分の中にある程度常識というものが確立されていると思います。
そういう私はよく周りの人間におかしな奴だと度々言われるのですが、周りの常識から少し外れていた方が、新しい物を作れると思っていますので、その辺は勝手にポジティブにとらえさせてもらっています。
私事ですが、何ヶ月か前に「お気に入り」に入れていたブログなどを、数個を残し全て消去しました。最近は雑誌もほとんど見てません。情報が多すぎるので、極力、最小限の情報だけを吟味しようという考えに移行してきています。
こんなコラムなどを書いていますが、私は昔から本を読まないので、文章力、日本語力の常識に乏しいのでやさしく見守って下さい。
戦後に生まれた我々は、誰かが作った学校教育で、誰かが都合よく換えたかも知れない歴史を学び、誰かが作った社会で育ち常識を身に付けてきましたが、惑わされず、踊らされず自分を持って生きて行きたいものです。
難解な修理の作業でもたまにあるのですが、常識にとらわれ過ぎると何かを見失うのではないでしょうか?
~常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう~
     アルベルト・アインシュタイン(1879~1955)

知らぬが仏 POWER

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2010年現在、昔の人間からしたら「未来」と呼んでいた時代に今、私たちは住んでおります。
インターネットの普及などにより、情報が多様化している昨今ですね。欲しい情報が簡単に手に入り、買い物に出向くことなく物が買える。便利なようで少し寂しい気もする今日このごろ。
ネットを徘徊すると、知りたい事が知れますが、知らなければ良かったと思う様な事を目にするのも度々あります。
有名な所では、9.11テロが一部の権力者による陰謀説だとか、ブッシュもオバマもそこいら辺に操られているだとか、世界の人口を8000万人まで減らす計画、ウイルステロや、HAARPなる人口で遠隔で地震を起こす装置があるとか無いとか、マスコミによる情報操作の数々、真実か嘘なのか解からない事が本当の事の様に語られています。
どうやら人類は多くの物を手に入れ過ぎたみたいです。
かくいう私も、一昔前は気にしていたのですが、今はあまり考えない様に、踊らされない様にしています。
数多くの情報は参考にする程度にして、自分の考え、信念を持つ事の方がいかに生きる上では重要かという事を、現代の人間は知るべきだと考えます。
さて、上の写真ですが、見てのとおりショベルについていたガバナー(ポイント点火などに使う遠心式進角装置)ですが、何かがおかしいんです。
この部品のバイクのオーナーは昔からのツレで、ある時バイクの調子を見て欲しいと来店してきたので、軽くキャブを見て、点火タイミングを調整しました。
すると、さっきより調子が悪くなっちゃいまして、これはおかしいと思いポイントの奥までバラシてみた時に出て来たのがこのガバナーです。
このガバナーは見ると軸の穴が広がり過ぎてガバガバになっていました。まさにガバガバ・ガバナーでございます。
いや、それだけではありません、良く見て下さい。なんとスプリングがありません。どこを探しても折れたスプリングの破片も見当たりません。
これじゃ遠心力で開きっぱなしの常時フル進角じゃん。
本人にどうした事かと尋ねると、「ああ、それ折れてたから捨てたわ」
・・・・・・・・・・・・・・・
私「はぁ!?マジで?」
「ちゃんと走ってたど」
これぞまさに知らぬが仏パワーです。
ハーレーの旧車はメカの技術と情熱とオーナーの愛情で走っているのかと思っていましたが、知らぬが仏パワーでも走るという事を不覚にもヒシヒシと感じてしまいました。
他にも、ピストンリングが10個ぐらいに砕けていても走ってたバイクや、オイルを16000km換えずに平然と走ってたツインカムなどいろいろありましたが、常識の範囲外でも行けてしまう事が希にあるので恐ろしいものです。
でも、ジワジワと愛車を痛めつけているので、S.H.P(知らぬが仏パワー)に頼るのはほどほどにしておいて下さい。
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さきほどのショベルですが、見てのとおりのB級チョッパーです。
最近、この様なスタイルをよく見かけますが、こやつは知り合った8年以上前からずっとB級チョッパーでした。
以前は、ナローフォーク6インチオーバーで、三段シート、ツルハシの様なやたらゴツいシッシーバーにナローボブフェンダーでしたが、ステップが付いてる所は一度も見た事がありません。
最近、パンやナックルを高級車が買える値段で、A級な人間がB級チョッパーにしている人達が居ますが、私はどうも違和感を感じてしまいます。
確かにバイクはカッコイイのですが、やはり人間も根っからのB級でなければいけないと思うのは私だけでしょうか?
B級チョッパーはBinbou Baka Bikerのマイノリティーな乗り物ではないでしょうか。